はて、風呂。

そしたら僕は、旅にでかけよう。 

気配と予感

電子工作WSの最終課題のお題、今期は"気配"ということで、気配ってなんだろなという課題提出&ディスカッションをした。私は、

 ・奈良公園の鹿が近づいてくる気配

 ・家のテレビがついている気配

と書いたんだけど、他の履修者の案の中にすてきなのが多々あって。

 ・この本屋にはいい本ありそうだという気配

 ・不審者出没のニュースを聞いて春の気配を感じた

 ・単位を落としそうな気配

とか。先生は「文才ある人がたくさんいてびっくりした」って言ってたけど、文才というかもうその人となりがよく出てるよね。こういう感性というか、こまやかなところに気付ける心の余裕は持っていたいなぁと思ったのでした。

 

で、今日隣に座った子と話してて、「気配」と「予感」の違いってなんだろねって。「気配がする」は何かしらの“存在”を感じるときに使う言葉で、「予感がする」は根拠の有無にかかわらず“個人的な予測”みたいなものを指すのかなぁと。

コトバンクさんはこうおっしゃってる。

気配:はっきりとは見えないが、漠然と感じられるようす。「秋の―」「好転の―がみえる」
予感:[名](スル)何か事が起こりそうだと前もって感じること。また、その感じ。「いやな―がする」「運命的な出会いを―する」

とまぁ、あながち外れちゃいないけど、そうかなるほどと言う答えを教えていただいた。まぁ個人的には気配、の方がすきだなぁ。なんだろ、ぼんやり感かな。