はて、風呂。

そしたら僕は、旅にでかけよう。 

あんこを餅の中に入れた人へ盛大な拍手を

石の上にも、まで打ったところで三年と待ち構えて予測変換してくれるMacさん。学生時代から悩みの種はずっと変わらなくて、私はただ、石から下りる勇気がないだけなんだよなぁ。辛抱強いとか継続力とかどうとかじゃなく、ただ、やさしいフリして人からの目を気にしてるだけ。新しい環境に順応すること自体はへっちゃらなくせに、一度浸かったぬるま湯からなかなか出られない朝風呂みたいに、自ら属したコミュニティーに勝手に縛られている気になって。そこにいる人たちとのつながりを、鎖だと思い込んで言い訳の吐き捨て場にして。ほんとは、すこしでも「生きる」ために支えてもらってる自覚はあるはずなのに。何をどう捉えようがその人次第。その自由に気づけずにいるわたしはアホなまま。興味のアンテナの受信範囲が広いのはいいことだけど、八方美人で広く浅く、刃の付け焼きがうまいのか、その場しのぎで間に合う事例が増えていって、気がついた頃にはそれが自分の中で習慣化されて疑問を抱かなくなってきていた。

正月休み、弟を見ていて気がついた。弟は、末っ子でやんちゃだしおちゃらけるしやさしいっていう憎めない悪ガキだけど、任務を与えるとちゃんと集中してそれを全うしようとするタイプ。普段からそうしろよ、って思うけど人間常に自分に厳しくいられるもんでもないよね。わかるよその気持ち。とかぼんやり呑気に考えてたら、てことは私も同じタイプじゃん、思い当たる節ありすぎるわ、とアラサーへのカウントダウンがはじまった年齢になってやっと気づいたわ。任務与えられると燃え上がるけど、なにもないと自発的に任務を求めにはいかない、っていうやつね。身に覚えありすぎる。

 

アホなチャレンジ精神のある人間でありたいよね、ってお話。